こぶれ2019年6月号
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みどりの風著・三軒茶屋ニコ まどろむ刻ときなんて、あるのか。 昔はそう思っていましたが、現在はあるんですね。 刻は、春の陽光が差し始めた午前10時から11時の間。裏庭にある古びた椅い子すに腰を降ろし物思い、何か考えているとウトウト……。 陽光がやわらかく、肌に合う適温に居眠り。 時間にして10分くらい。 その世界にひたり、タメ息で目がさめる。気は確かなので、永遠に眠り続けることはありません。無料なので言うことなし、です。 令和新時代、五月初旬のゴールデンタイム「まどろむ刻」と名付けています。 昭和、平成、令和と三代生きることになり人並みに長生きです。 どの時代がよかったか。あれこれ思っていると雑念がわき、今日は肝心の「刻」が来ません。 幼児に原爆・敗戦・復興と成長に伴う時代の流れ。そして平和を求めた昭和が消えていくような、いや遠ざかっている。 昭和生まれだから名前が昭生、あきお、と単純明快。これがいい。 歳時記に興味のある近所の人が「あきお、だったら季語にならない、はるお、じゃないか」。 分かりやすい愚問、きっと俳句もヘタでしょうよ。 でも昭和は別にしても敗戦以来「戦争がなかった」ことでしょう。 私的には原爆の怖さを知っている世代にとって最高の幸せでしたな。 でも世界の安全保障情勢は危機が急増しているようです。私たちは二度と戦争をせず、巻き込まれず、平和を築くために何をなすべきか歴史から学び取っています。 ここまで思いつき、話が思考が堅くなり、これじゃ「いつもの刻」は来ません。 いい話はないのか、あせりも出てきました。 「雑草︱︱」ふと思いつきました。植物のご研究をされていた昭和天皇のご教示「雑草という草はない」。人間尊重と賛歌を実感します。 マスコミは「雑草」という言葉が好きです。新聞の見出しにも「雑草魂」などよく躍おどっています。 雑草はしぶとく、ちょっと気を抜くと、あっという間にはびこる。農作業で苦労されたことは日常的でしょう。 その生命力の強さをシンボルにするのにもってこい、です。ボクシングが最初で他競技に及んだようです。 昨年夏、甲子園でせん風を巻き起こした金足農のナインと日本ハムにドラフト1位で入団した吉田輝星投手、雑草の主役みたいでしたな。 「雑草という草はない」という御言葉が脳に刻み込まれているだけに、冷静に落ち着いて応援できたのは無上の喜びでした。 ここまで思いついたところでポツリ、ポツリ、雨だ。 これで「まどろむ刻」もご破算(残念ながら)正気に戻りました。まどろむ刻とき2

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